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広島地方裁判所 昭和50年(行ウ)15号 判決 1976年4月27日

原告 渡辺広登

被告 広島県知事

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  双方の申立

原告は、「被告が昭和五〇年七月一日から実施している県道箱崎横田港線敷設のための睦橋橋梁整備事業処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

被告は、本案前の答弁として、主文同旨の判決を求め、本案に対する答弁として、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二  原告の請求原因

(一)  原告は、肩書住所地において敷地約一、二一六平方メートルの工場(以下、原告工場という)を使用して五尋ないし九尋(総トン数五ないし七トン)の木造船の製造及び修理業を営んでいる者である。

(二)  被告は、田島・横島の両島を結ぶため、原告方の船渠(船の出し入れに使用するすべり。幅八メートル、長さ二六メートル)が存する原告工場北側沿岸直近約二ないし四メートルの地点を東西に走る幅約八・七五メートル、満潮時を基準とする海面からの高さ約七・六メートルの橋道(以下、本件橋道という)を敷設することを計画し、睦橋橋梁整備事業という名称で県道箱崎横田港線の本件橋道敷設工事を訴外株式会社大本組(以下、大本組という)に請負わせ、同社は昭和五〇年七月一日より本件工事を施行中である。

(三)  しかし本件橋道が敷設されれば、原告としては建造ないし修理した船舶の原告工場への出し入れについて本件橋道の下を通過させなければならないのであるが、原告の受注した船舶の規模によつては本件橋道の桁下の通行が不可能となることがあり、またたとえ桁下の通行が可能な船舶でも発注者が通行不可能として原告への発注を差し控えることも十分予想されるから、本件橋道が敷設されれば原告の営業の現状維持及び発展は期し難いところとなる。

(四)  よつて本件橋道敷設工事は、原告の営業権を侵害する違法なものであるからその取消を求める。

三  被告の本案前の主張

(一)  一般県道箱崎横田港線は、沼隈郡内海町字箱崎一、三一〇番地を起点とし、田島・横島両島を結ぶ睦橋を経て同町字家廻り一、四七一の一番地に至る延長九・四八五キロメートルの道路であり、同町内で最も交通量の多い基幹道路であるが、睦橋は田島・横島間の海上を横過して架設され、橋下を漁船が航行する際橋桁が昇降するいわゆる開閉橋で幅員三・〇メートルと狭隘なうえ床板部は木製で架設後二十数年を経過し現在では老朽化が著しく、しかも三トンの交通荷重制限がなされているため車両通行に多大の支障を来たし、また右県道のうち内海町字町口二、四五七番地の一から人家密集地を通過して睦橋に至るまでの道路は狭隘で、しかもクランク型に屈曲しており、屈曲部の曲線半径は道路構造令に適合していない部分もあつて不慮の交通事故の発生も懸念される外、町役場、桟橋等町内の重要施設が存在する睦橋附近への結核検診車、消防自動車、救急車等の進入も困難であるため、内海町からの要請もあつて広島県(以下、単に県という)は、離島振興法三条一項に基づき策定した昭和四八―五七年度広島県離島振興計画中の備後群島地域振興計画において本件橋道敷設工事を重点事業として実施することとし、なお従来の開閉式を改めることとしたが、橋下を航行する漁船の支障とならないようにするため主として原告の要請を考慮して本件橋道の橋桁下を大潮平均高潮面から七・六メートルと決定して昭和五〇年六月三日本件橋道敷設工事を行なうことを決定し、同年六月三〇日大本組に右工事を請負わせ、同社は同年八月九日頃工事に着手して現在本件橋道架設用の仮設工作物の設置工事を施行しているものである。

(二)  しかして本件橋道敷設工事の実施決定は、行政庁の内部的な意思決定の段階にとどまるものであり、これによつて住民の法律的地位に変動を及ぼし、法的効果を発生させるものではないし、また県が大本組との間に締結した本件橋道敷設工事の請負契約は、私法上の契約にすぎず、本件橋道敷設工事の実施も右請負契約に基づく請負者たる大本組の履行行為としての事実行為にすぎないから、いずれの点よりするも本件橋道敷設工事は抗告訴訟の対象となる行政処分にはあたらない。

四  被告の本案に対する答弁

請求原因(一)の事実のうち、原告が肩書住所地において五ないし七トン以下の木造船の建造または修理業を営んでいることは認めるが、その余は争う。同(二)の事実のうち、本件橋道と原告工場との位置関係、本件橋道の構造が原告主張どおりの設計であること、被告が大本組に本件橋道敷設工事を請負わせたことは認めるが、その余は争う。同(三)は争う。

五  被告の本案前の主張に対する原告の反論

本件橋道敷設工事は、行政庁である被告が継続的に行なう事実行為であつて、これによつて住民が既得の権利、利益を侵害されるものであるから、公権力の行使にあたる行為として取消訴訟の対象となり得るものである。

六  証拠関係<省略>

理由

一  被告は、本案前の主張として本件橋道敷設工事は行政処分にあたらないから本件訴は不適法である旨主張するので、まず本件訴の適否について検討する。

まず成立に争いのない乙第一、第二号証、欄外説明どおりの写真であることに争いない乙第三号証の一ないし一四、一六ないし一八、第八号証、証人細川明の証言及びこれにより真正に成立したものと認める乙第五号証、第九ないし第一一号証ならびに弁論の全趣旨によると、一般県道箱崎横田港線は沼隈郡内海町字箱崎一、三一〇番地を起点として田島、横島間を結ぶ睦橋を経て同町字家廻り一、四七一の一番地に至る延長九・四八五キロメートルの道路であり、同町の幹線道路であるが、交通量が非常に多いうえ道路に狭隘な箇所や未改良部分があるため車両の通行に支障を来たしており、また睦橋は、田島、横島間の海上を横過して架設されているものであるが、橋下を船舶が航行する際橋桁が昇降するいわゆる開閉橋でその幅員が三・〇メートルと狭隘であり、その床板部は木製であつて架設後二十数年を経過してかなり老朽化しているうえ、睦橋は三トンの交通荷重制限がなされているため大型車の通行に支障を来たしていること、また田島の睦橋付近の道路は、人家密集地の間を通つており、狭隘でしかもクランク型に屈曲しているが、睦橋附近には町役場や連絡船の桟橋があつて交通量が多く車両の通行に困難を生じており、とりわけ緊急自動車等の通行も思うにまかせない状態であること、そのため県は、地元内海町民の陳情もあつて昭和四八年三月に策定した昭和四八年度~五七年度広島県離島振興計画中の備後群島地域振興計画において、田島、横島等備後群島の社会生活環境の向上及び産業の振興を目指して交通諸施設の整備を図ることとし、その重点事業として田島、横島の基幹道路を整備し、両島の一体的発展を図るため県道箱崎横田港線の改良と睦橋の整備を行なうことを立案したこと、これに基づき県は、睦橋については従来の開閉式を改めて常時通行可能な橋とすることを計画したが、その際橋下を通行する船舶に支障がないよう地元漁協と協議し、原告の意向も考慮して橋の桁下高を平均満潮面より七・六メートルとする本件橋道を架設することとし、昭和五〇年六月三日被告は睦橋橋梁整備工事として本件橋道敷設工事を実施することを決定し、指名競争入札の結果同年六月三〇日県は大本組に対し本件橋道敷設工事を請負わせ、同社は現在右工事に着手して本件橋道架設用の仮設工作物の設置工事を施行中であることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右認定した事実によれば、県は、県道である従来の睦橋を本件橋道に改築するものであるから、道路法一五条による県道の管理者としての地位に基づき県道の管理行為の一環として本件橋道敷設工事を行なうものというべきである。

ところで取消訴訟の対象となる行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為とは、行政庁の行為のうち、行政庁が法の定めた優越的な地位に基づき法の執行としてなしたもので、それにより国民の法律的地位に変動を及ぼす行為をいうものと解すべきであるが、被告がなした昭和五〇年六月三日付の本件橋道敷設工事の実施決定は、広島県の内部的意思を決定する手続行為であるにとどまり、それ自体国民の法律上の地位に変動を及ぼす行為ではないし、また広島県と大本組との間の本件橋道敷設工事の請負契約は、広島県が私人と対等の立場でなした私法上の行為であり、本件橋道敷設工事の現実の実施も右請負契約の履行としての事実行為にすぎないし、これら本件橋道敷設工事に関する一連の行為を全体として考察してみても本質的には私人が私道を新設する場合と差異はなく、被告の優越的地位に基づく行為ということはできないから、本件橋道敷設工事は、取消訴訟の対象となるべき行政事件訴訟法三条にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当しないものという外なく、従つて右工事の取消を求める原告の本件訴は不適法である。

二  よつて原告の本件訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森川憲明 下江一成 山口幸雄)

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